
Vol.18
多数派の 暮らす世界の 片隅に
原田 俊宏
美術家
2026.October
24歳になる息子は、軽度の知的障がい、広汎性発達障がい(自閉スペクトラム症)、ADHDといった障がいを併せ持っている。障害があること自体には別に問題はないのだけど、世の中は障害を持たない人たち多数派のペースで回っているので、少数派の息子には、生きにくさや過ごしにくさがたくさん生まれることになる。多数派にとっては、自分たちにちょうどよいペースで世界が動いているので、少数派の生きにくさにはなかなか気付けないのだろう。
息子と一緒に車で出掛け、目的地に着いて車を駐車場に停め、サイドブレーキを掛け、エンジンを切り、荷物を持って車外に出てドアを閉め、ドアロックを掛けると、息子がまだ車に乗っていることがある。同時に複数のことを処理するのが難しかったり、優先順位をつけることが難しかったり、ふと何かが頭に浮かぶと動きが止まってしまったりする息子にとっては当たり前のペースなんだろうけれど、多数派はこういうことを「作業遂行障がい」と呼んだりしている。しかし、息子からしてみれば、ごく普通に降りる準備をしている途中で突然ドアがロックされる、というか、車が止まるや否やすぐに施錠されてしまうくらいの暴力的なペースに感じられているのかもしれず、もし、息子の側が多数派であったなら、こちらのほうが異常な程のせっかちということで「強迫性焦燥障がい」みたいな呼ばれ方をしていたのかもしれない。
息子は、「○年の○月○日に○○に行ったら○○があっていた。」というように、日々の出来事の日付を正確に覚えている。これは、多数派の人には難しいことなので、一般的には必要のない力だとされている。たとえば、絶対音感を持っている人のほうが少数派であるために、絶対音感を持っていなくてもそれは問題にされず、むしろ絶対音感を持っていることが特殊なことだと捉えられているように。息子は逆に、仕事の手順をうまく覚えることが難しく、仕事ではよくミスを起こす。「あれだけ日付を覚えられるのに、どうして仕事の手順が覚えられないのか?」と責められることもある。そんなことを言われても、息子にとっては、多数派の人たちが、あんなに仕事の手順を覚えられるのに、日常での日付を全然覚えられないことのほうが謎なんだと思う。
ちなみに、息子の父親である私も、場面によっては少数派となることがある。私は自己免疫疾患のため、免疫を弱めたり働かなくしたりする治療によって、免疫が自分自身を攻撃することから身を守っている。免疫が弱いため、感染症に罹らないよう、人前では常にマスクの着用が必要である。数年前にコロナ禍と呼ばれる時期があったが、私こそいわゆる「基礎疾患のある人」であり、感染した場合生命の危険も考えられた。コロナが2類から5類になったとき、これから周りの人は感染していてもマスクを着用しないだろうから、自分の身は自分で守るようにと、主治医から医療現場で使用されているN95マスクを取り寄せて着用するようにとの指導が入った。多数派の人たちは、「5類になって感染対策が緩んだ」と思っているのかもしれないが、我々は5類になって一気に少数派に立場がシフトしたことで、結局、コロナ禍の時期よりもより強力な感染対策が必要となったのである。また、飲食店も感染対策をやめてしまったから、私はいまだに飲食店で食事をすることができない。5類になって感染対策をしなくてよくなったのは、多数派の人たち「だけ」なのである。
そうだ。コロナと言えば…リモートワークである。障がいのある少数派の人たちは、移動が困難な人も多いため、そういう人たちの間から、仕事をリモートでさせてほしいという要望が強く上がっていたという話を聞いたことがある。リモートワークが実現すれば、自分も仕事をすることが可能になる。移動することが仕事の条件になるのならば、仕事を諦めないといけない。そういったレベルでの要望だったのだが、どんなに要望しても聞き入れてもらえなかったという。それが、コロナ禍になって、多数派の人たちが困ると、見ての通り、いとも簡単にリモートワークが実現したのである。多数派への恩恵、恐るべし。
息子の話に戻るが、小学校の授業参観で、特別支援学級在籍の息子は、交流学級の野球に参加していた。運動場の隅に四角にベースを置いて活動場所が作られていた。息子はバットでボールを打ったりできるのだろうかと思いながら見ていると、見事にボールを打ち、一塁へと走るのである。しかし、一塁まで大きく弧を描きながら蛇行して走るため、間に合わずアウトになってしまった。先生は、「真っすぐ走るよ。」とアドバイスをくれ、息子は「はい、分かりました。」といい返事で答えていた。しかし、次の打順でも、息子は全く同じように蛇行して走りアウトになった。私は先生にお願いして、ホームベースから一塁まで地面に線を引いてもらった。それで、次の打順では一塁まで真っすぐ走ることができたのである(やっぱり、アウトだったけど)。多数派の人たちは、地面に線を引かなくても、塁と塁の間の直線が見える。自分に見えるから、誰にでも見えると思って、先生は「(この直線に沿って)真っすぐ走るよ。」とアドバイスをする。少数派である息子は、直線はないから見えないのであるが、真っすぐ走るように言われたので、頑張って真っすぐ走る(でも、それは多数派の人が考える真っすぐではない)。息子は「真っすぐ走る」という指示が分からないのではなくて、指示を理解して自分ではそれをやっていると思っているのである。だから、多数派の論理を少数派にどれだけがんばって伝えても、解決はしない。多数派の側からの見方しかできていないからである。少数派の人にも分かるように、「真っすぐ」を見えるようにすればいい。塁と塁の間に引かれた線は、少数派にとっては「ないと不便」なもの。多数派にとっては「あれば便利」なもの。要するに、多数派と少数派が共生するためのユニバーサルデザインである。
最近の話、息子がとある博物館の連絡通路のエスカレーターを歩いているときに、警備員さんから「歩かないように注意事項に書いてありますよ」と注意を受けたことがあった。その時息子は、「自分は障がいがあるので、こういう書き方では分からないので、大事なところを赤で書くとかしてほしいです。」と、自分が困っていることをその場で伝えることができたらしく、警備員さんも「分かりました。上の方に伝えます。」と答えてくれたとのこと。その話を息子から聞いて、私もその看板を確認したのだが、「エスカレーターを歩行すると転倒のおそれがありますので、よろしくお願いします」みたいな内容で、肝心の「歩かないで」ということさえも書かれておらず、息子にとっては意味不明な看板だろうと思った。後日、この看板は、文の内容を整理し、簡単なイラストを付けたものにリニューアルされていた。問題の看板を少数派にも伝わる形に改善するポイントはと言えば、シンプル(情報量を必要最低限に減らす)、クリア(メッセージを明確にする)、ビジュアル(イラストなどで視覚的に伝わるようにする)の3つが一般的であるが、息子の発言がきっかけで、ちゃんとこのポイントに沿った改訂が実行されていたのである。
少し昔までは、少数派が努力して自身の障がいを克服し、多数派の世界で暮らしていけるようになることが問題の解決方法なんだと考えられていた時代があった。今では、多数派が作ったルールや制度、慣習の中にある、少数派が快適に過ごすことを阻む「障壁」を見つけ、取り除くことが解決方法なのだと考えられている。実際にどれだけの人がそう考えているのかは分からないが、みんなが本当にそう考えて、それを実現していけば、少数派の人だけの問題でなく、多数派の人たちにとっても生きやすい豊かな世の中を作ることができる。そんな世の中を作る鍵を握っているのが、少数派の人たちの声である。息子たちが「そんなんじゃ自分には分かりません。」と伝え続けることで世の中は少しずつ変わっていく。
いのちが生きようとすることについて
桒野 よう子
美術家
2026.October
障害のある子を産み育てるということについて、そういうことを考える余白がないほどそれは非常な労力と時間を要する。立ち止まって何かを考えるということをさせないように仕向けられているような気もする。
安易な答えを出させないように。
その本当の意味などわかるものではないがそこにたどり着く一歩手前にあるものは、 とても恐ろしいものがあるように本能的に思える。しかし現実が限界を超えてしまいそうになる瞬間は度々あった。そうしたものを超えなかったのは、終わりにしたいということの一番奥に、生きたいという何か命の中心のようなものの存在に対峙したからだった。
日常生活の煩雑さは自己の中心から何かを感じるというものから離れてしまいがちになる。そうしている方が楽だと思えてしまうからかもしれない。しかしそれを繰り返していると何かとても重要なものがぼんやりと薄くなっていくような感覚になる。
私は美術の仕事をしている。制作の過程で安易な判断に傾いてしまいそうになることが度々ある。 というか、そういうものとの戦いのような時間だ。その中で自分の中心からの声を聞き それに従うように作業を重ねていく。
その過程は、とても苦しく恐ろしいものでもある。しかし自然や世界の仕組みのようなものと繋がれるような、魂が満たされるということはこういうことなのだというようなとても濃い充足感で満たされるものでもある。
障害のある子との生活は幸福と絶望の間を常に揺れているような時を過ごす。いのちの中心が本当の意味で生きようとすることから離れてしまわないためにこの子との一日があるのかもしれない。
原田 俊宏(はらだ としひろ)
美術家
桒野 よう子(くわの ようこ)
美術家