Vol.11
「変わりゆく町で」
最相 葉月
ノンフィクションライター
2023.March
今日、東京都が巨大な都市再開発計画の施行を認可した。「神宮外苑地区第一種市街地再開発事業」といい、東京オリンピック2020が開催された新国立競技場周辺の施設、具体的には、神宮第2球場のある場所に屋根付きのラグビー場が、秩父宮ラグビー場のある場所にホテルを併設した神宮球場が建設され、それに伴って一部のいちょうが伐採される。風致地区だったエリアの高さ制限が撤廃され、200メートル近い超高層ビルも立ち並ぶことになる。あと10年もすれば外苑一帯の景色は激変するだろう。
私は一近隣住民として20年以上この町の変化を見てきた。いわゆる市民運動とは無縁の暮らしを送っていたが、この10年で学校の多い文教地域の高さ制限が少しずつ緩和されるなど、ただならぬ変化は感じてきた。
たまたま持ち回りで就任しなければならないマンション理事会の役員となったことから、コロナ下で外出制限がある中、事業者による住民説明会に参加したり、計画案の詳細を見たりする機会があった。土地の大半は明治神宮のものであり、明治神宮総代にはプロジェクトの事業者の役員が務めている。このたすき掛け人事を見ても、当初から再開発ありきで事態が進行していたことは見て取れた。
じつはこのような宗教施設が関係する再開発は神宮外苑に限ったことではなかった。「神社」「寺」「教会」「再開発」というキーワードでグーグルを検索すると、都市部を中心に全国各地で宗教施設を絡めた再開発プロジェクトが進行していることがわかる。敷地の一部を業者に切り売りしてマンションや商業施設を建て、その収益で寺社仏閣を運営管理する。世界文化遺産に指定された下鴨神社が社殿を一新する式年遷宮の費用を捻出するため、敷地内に富裕層向けのマンションを建設したのもその一つだ。
私はこの6年ほど北海道から沖縄、離島まで全国の教会を訪ね歩き、キリスト者の声を取材してきた。当初は地図を広げて教会と名の付くところをアポなしで取材していたが、開始早々これが無謀な試みであることに気づかされた。いきなり訪ねても鍵がかかっているか、すでに役割を終えたまま放置されている教会が多かったためだ。
あとで知ったことには、少子高齢化の波は教会にも押し寄せており、一人の聖職者が複数の教会を兼任したり、韓国やベトナムなど近隣諸国から助っ人外国人聖職者を招いたりすることは珍しくなくなっていた。維持するだけで精一杯、いや、もう限界がきたため無人のまま放置されている会堂も珍しくはなかった。
教会の成り立ちを取材する中で、「何もない広い平地に教会を建てたら、道ができて住宅ができて人が増えて、町がだんだん発展したんですよ」とか、「占領下に町の中心部にGHQが教会を建てたから、住所が一丁目一番地なんです」といったエピソードをよく耳にした。そんな成立経緯がゆえに、今や真っ先に再開発に巻き込まれる、あるいは再開発を先導せざるをえない流れとなっていることに気づかされる。
外苑再開発に関連して、残念ながら明治神宮から近隣住民へメッセージが発表されることはなかった。100年200年後の未来に残す公園が200メートル級の超高層ビルに囲まれた公園なのかと説明会で明治神宮に質問したが、他の事業者となんら変わりない当たり障りのないコメントに終始するだけだった。
このところ話題になっているAIのChatGPTでももっとうまく答えられるだろうに。
そうだ、試しに聞いてみようか。神社ではまだわかりにくいだろうから、「教会」として質問してみる。
「質問
私は教会です。施設を維持管理する費用を捻出するために自分の土地を再開発し、超高層ビルを建てようとしています。近隣の住民に対してどんな説明をすればいいでしょうか?」
「回答
ご質問ありがとうございます。
まず、近隣の住民に対してビル建設計画の詳細について説明する必要があります。この説明には、ビルの高さ、規模、建設に伴う騒音や混雑、交通渋滞など、周辺環境に与える影響についても含まれます。また、ビルの建設が周辺地域に与える影響についても話す必要があります。たとえば、ビルが周辺地域の景観や環境にどのような影響を与えるか、また、周辺地域の不動産価格にどのような影響を与えるかなどです。
さらに、住民がビル建設に反対する理由にも目を向ける必要があります。住民がビル建設に反対する理由はさまざまですが、例えば、景観や環境への悪影響、建設に伴う騒音や混雑、交通渋滞、または周辺地域の不動産価格の低下などが挙げられます。
最後に、住民との対話を継続することが重要です。彼らからのフィードバックを受け入れ、ビル建設計画を改善するためのアイデアを検討することが必要です。また、住民がビル建設計画に対して不安や懸念を持っている場合は、それらの懸念を軽減するための対策を打つことも重要です。
以上のように、ビル建設計画の詳細について説明し、住民との対話を続けることが、周辺地域にとって良い影響を与えるビル建設計画を実現するために重要なことです。」
驚いた。まさに模範解答だ。どこかの事業者が代わりに書いているのではないかと思うほどだ。とくに「最後に」からの文章は、外苑再開発の事業者らにも読んでほしい。
10年以上にわたる工事期間中、いよいよ具体的な影響が近隣住民に及ぶ。これまで沈黙していたけれど、被害が及んで初めて実感を伴って問題を認識する人も多いだろう。コロナに乗じて軽んじられてきた「住民との対話を続ける」努力を怠らないでほしい。
ところで、このAIの回答に決定的に欠けていることがある。「教会」とは何者なのか、である。
宗教二世問題が明るみになり、信仰の継承に注目が集まっている。本来、信仰とは人の内面に関わる話であるはずが、莫大な資産を手にしたがためにその維持管理という名のもう一つの継承問題を生み出してしまった。
共に祈り、共に町をつくってきた地域の住民を敵に回したら、ますます人は離れていくだろう。少なくとも、わが家が明治神宮に参拝することはもうない。
最相 葉月(さいしょう はづき)1963年、東京生まれの神戸育ち。
科学技術と人間の関係性、スポーツ、近年は精神医療、カウンセリング、キリスト教をテーマに取材。
主な著作に『絶対音感』『青いバラ』『星新一 一〇〇一話をつくった人』『セラピスト』
『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『れるられる』ほか多数。
1月に書き下ろしの新刊『証し 日本のキリスト者』を発表。