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Vol.4
精神医学的観点からの私見
林 道彦(医療法人社団うら梅の郷会 理事長)
​2020.November

稲垣先生の「正義と狂気の間」、ありがとうございました。

私は哲学的素養がなく、いただいた問題に解答できる自信は全くありません。

 

私の感想を書き連ねます。

 

やまゆり園の事件の加害者について、精神医学的観点から私見を述べます。

犯人は今回の犯行の前にある事件を起こそうとして措置入院になっています。

入院時は興奮状態で、そう状態と診断されました。そう状態は数日で改善

したそうで、約2週間後には措置解除となり退院しました。通常、双極

性障害(いわゆる躁うつ病)のそう状態は改善するのに1〜2か月かかります。

したがって、双極性障害は否定的です。病歴の中で大麻を常習していたと記載

があったそうで、大麻による薬剤性精神障害の可能性が高いと考えられます。

大麻による精神障害は、幻覚、妄想、気分の高揚などが多いようです。これら

の症状は一過性のことが多く、今回の事件の時は消失していたと思われます。

 

過去には大麻の後遺症はないといわれたこともありますが、最近は脳障害を

残し人格の変化をきたすと考えられています。薬物依存の患者はかなりの確率

でパーソ ナリティ障害を合併しています。犯人もまたパーソナリティ障害で

あったと思います。

 

精神科では、犯人の思考様式が論理的である、というので精神の異常はない

と判断するわけではありません。人は、生物ー心理ー社会的存在である、と

いう観点から患者に対応するのが精神医学的観点です。理性・論理性に対する

重要性をそれほど認めているわけではありません。むしろ、今回の犯人の思

考様式は妄想的ではないかと、とらえる精神科医が多いと思います。

 

今回の犯罪で、「熟考の末に確信した」「冷静で客観的」「義務的」という

文言が裁判に出されていますが、このような点が問題になるのは、法運用上

の観点が精神医学的観点と全く異なっていることを表しているように思います。

 

稲垣先生の論の展開は理性ー感性、徳、良心という二元論の展開をされて

いるようです。全人的理解と判断を要求される精神医学は先生の提起された

問題について判断すべき立場にないと思います。私個人の考えとしても、人

の価値判断の領域に医学が立ち入るのはなるべく避けるべきであると考えます。

 

思いつくままに書き連ねました。回答になってないのはわかっていますが

ご容赦下さい。

 

2020年11月

はやし  みちひこ

九州大学 医学部 卒業

専門分野:臨床精神医学・老年精神医学

精神保健指定医

日本精神神経学会 精神科専門医

九州精神神経学会 評議員

日本精神科医学会

医学博士 医療法人社団うら梅の郷会  理事長

公益社団法人  日本精神科病院協会 副会長

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