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Vol.7
メンタリストDaiGoのホームレス・生活保護に関する発言をめぐって
岡本 雅享
福岡県立大学人間社会学部教授
​2021.August

メンタリストを名乗るDaiGoが、246万人が登録している自身のYou Tubeチャンネルで今月(2021年8月)7日に公開した動画が、物議を醸している。20万回以上再生されたという、その動画でDaiGoはこう話した。

 

「僕は生活保護の人にお金を払うために税金を納めてるんじゃない」。
「生活保護の人が生きていても、僕は別に得しない」。
「自分にとって必要がない命は、僕にとって軽いんで、ホームレスの命はどうでもいい」。

 

そして、こう続けている。「どちらかというと、いない方がよくない?ホームレスって。……邪魔だし、プラスになんないし、臭いし、治安悪くなるしさ、いない方がいいじゃん」「人間は、自分たちの群れにそぐわない、社会にそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きているんですよ。犯罪者を殺すのだって同じ。犯罪者が社会の中にいるのは問題だし、みんなに害があるでしょ。だから殺すんですよ。同じですよ」。

これらの発言が批判を受けて動画は削除されたが、発言に賛同する声もあるという。後段は優生思想に基づくジェノサイド(大量虐殺)の提唱で言語道断だが、それに繋がる前段には既視感があった。

私が大学で担当する政治学で、NHKスペシャル「新富裕層vs国家-富をめぐる攻防」(2013年8月)の一部を見せた回のこと。これは、富裕層や大企業を優遇する政策をとって経済活動を活性化させれば、富が低所得者層に向かって流れ落ち、国民全体の利益になるというトリクルダウン政策が裏切られていく=この政策で豊かになった新富裕層が、米国から税金のより安い国に移住している実態を追った番組だ。その中で資産20億円の米国人新富裕層が語る「どうして自分が人の何倍もの税金を払わねばならないのか納得できない、働きもしない人を支えるため税金を払うなんて耐えられない」という言葉に、受講生が賛否のコメントを寄せてくる。肯定派は「自分が努力して得た富を、努力しない人に分け与えるなんておかしい」「競争がなければ、人(自分)は堕落する」などと述べ、否定派は「働かないのではなく、働けない人もいる」「社会はできるだけ平等で、格差が少ない方がいい」「富裕者の富を貧困者に分け与えるべき」などという。

そんな中で特に目を引いたのが「自分のお金は自分で使いたいし、もし人助けをするにしても、まわりの人だったり、今後何かしら恩返ししてくれそうな人を選びたくなる」という意見。「知らない人を助けるために、自分のお金を使いたくない」

「助ける場合の基準は、自分の特になる人か否か」という、その発想がDaiGoの言葉と重なった。

第二次大戦後の米国・西欧では、市場の失敗や所得格差の拡大など、個人の努力で乗り超えられない問題には政府が介入して解決するケインズ主義が主流となった。

だが1980年代に入ると、政府の財政赤字の拡大や官僚主義的な非能率さが問題視される。福祉国家的な所得再分配政策が、過剰な統治や国家の肥大化、システムの機能不全を齎したとして規制緩和、福祉削減、緊縮財政、自己責任などを掲げる新自由主義が台頭し、英国のサッチャー政権や米国のレーガン政権が取り入れた。

日本では「痛みを伴う構造改革」を唱え、郵政民営化や社会保障費の抑制などを行った小泉政権が典型で、安倍政権のアベノミクスも同類だ。新自由主義の下では、社会保障の低下や雇用の不安定化、生活の格差拡大などが起こるが、市場での競争、優勝劣敗の結果として当事者の自己責任とされる。

DaiGoの言葉や政治学受講生の声からは、人生の大半を小泉・安倍政権の下で生きてきた世代の中に、無駄を省いて効率よく実利を求め、敗者には不寛容(失敗は自己責任)という、新自由主義的な発想が浸透していることがうかがえる。

世論調査で、若い男性の間で第二次安倍内閣の支持率が高い(全体平均が44%に対し、18~29歳の男性で57%)ことを受けた朝日新聞の記事「格差は自己責任『自分でどうにか』-若者の安倍時代」(2020年9月12日)には、「誰も助けてくれない。自分で何とかしなければ」「自分の暮らしは自分で守るしかない。税金を払えないならば、国から保障を受けられなくても当然だ」という23歳男性会社員も載っている。安倍政権を受け継ぐ菅義偉首相も「自助-共助-公助」を掲げ、所見発表演説で「自分でできることは、まず自分でやってみる。そして家族、地域でお互い助け合う。その上で政府が責任をもって対応する」と述べた。

こうした新自由主義や自己責任論に対抗していけるのは、教育・福祉・医療などの公共部門の重要さを熟知している私たちのはずだ。そんな中で気になるのは、ここ数年、政治学を受講する福祉学科の学生が激減していることだ。セオリー的には、福祉関係者の政治的関心は、否応でも高まらざるを得ない状況なのに、である。福祉の現場ではどうだろうか。皆さんに、お尋ねしたいところである。

岡本 雅享(おかもと まさたか)1967年、出雲市生まれ。

 

明治学院大学国際学部卒業。
北京師範学院、中央民族学院留学。
横浜市立大学大学院国際文化研究科修士課程、
一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。
国際学修士。
社会学博士。

国連NGO・IMADR(反差別国際運動)事務局員などをへて
現在、福岡県立大学人間社会学部教授。
2008年度、サンフランシスコ州立大学(San Francisco State University)
民族学部(College of Ethnic Studies)に客員研究者(Visiting Scholar)として在籍。

2004-2014年、移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)事務局次長。
専門は政治社会学・民族学。

在日コリアン問題を起点とし、マイノリティの権利保障のための研究・活動に従事してきた。

日本社会がますます多民族・多文化化する中で、日本人内部の多様性を解き明かしながら、

同質社会観の見直しと、多元社会観への転換を目指して活動している。

【著 書】


 千家尊福と出雲信仰
 筑摩書房:2019年

 出雲を原郷とする人たち
 藤原書店:2016年 

 

 民族の創出―まつろわぬ人々、隠された多様性
 岩波書店: 2014年 

 中国の少数民族教育と言語政策(増補改訂版)
 社会評論社:2008年

 

 日本の民族差別-人種差別撤廃条約からみた課題(監修・編著)
 明石書店:2005年

 

 ウォッチ!規約人権委員会―どこがずれてる?人権の国際規準と日本の現状(共著・監修)
 日本評論社:1999年

 国際人権と在日韓国・朝鮮人―国連人権活動へのアプローチ(共著)
 在日韓国人問題研究所:1990年

 

 など
 

【論 文】
 

「保守とリベラル、右派と左派―日本政治のための概念整理」(前編)(後編)

『福岡県立大学 人間社会学部紀要』29巻2号、30巻1号、2020、2021年

「近代日本における民族の創出と概念の混乱」『療法としての歴史〈知〉―いまを診る』

 森話社:2020年

「福岡県における近代図書館の嚆矢」『福岡県立大学人間社会学部紀要』28巻2号 、2020年

 

「多元社会日本―新たな移民の到来と戦後島国観の転換」『なぜ今、移民問題か』藤原書店:2014年

「フジテレビデモからロート製薬攻撃へ―金泰希バッシングにみる『嫌韓』流と嫌『韓流』の合流」

『なぜ、いまヘイト・スピーチなのか』三一書房:2013年

「日本におけるヘイトスピーチの拡大とコリアノフォビア」『レイシズムと外国人嫌悪』

 明石書店:2013年

「民族宗教とアイデンティティ―北米・ハワイからみる神道」

『アジア太平洋研究センター年報2008-2009』

「永住者の帰国権をめぐる国際的潮流と再入国許可制度」『法律時報』80巻2号、2008年

 

「移住者の権利を守るネットワーク運動の軌跡と課題」

 

『移民をめぐる自治体の政策と社会運動』明石書店」2004年 

「国際法が定めたマイノリティの権利と日本」

 

『マイノリティの権利とは―日本における多文化共生社会の実現に向けて』解放出版社:2004年

 

「外登証から旅券へ―常時携帯制度運用の転換」『法学セミナー』564号、2001年

 

「中国のマイノリティ政策と国際規準」『現代中国の構造変動⑦中華世界―アイデンティティの再編』

 東京大学出版会:2001年

「人種差別撤廃条約からみた石原都知事発言―外国人への差別・敵意の扇動と助長」

『「三国人」発言と在日外国人』明石書店:2000年

「少数民族―日本におけるマイノリティの概念」『法学セミナー』536号、1999年

「中国における少数民族の承認」『中国研究月報』592号、1997年

 

「『中華民族』論台頭の力学―民族識別との関係を中心に」『部落解放研究』107号、1995年

「移住労働者保護条約と家族生活の保護」『法学セミナー』442号、1991年

「『出国・帰国の権利宣言』と定住外国人の居住国に帰る権利」『法律時報』62巻7号、1990年

 

など
 

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