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Vol.10
ジャパニーズ・リアリズム

 

​Moment Joon (モーメント・ジューン)
ラッパー
​2023.Feb

1.

日本でしか感じられないその空気感。重い訳でもなく、とは言え何かの可能性を感じさせる訳でもない。十分な酸素を含んでいるに間違いないが、「これが最良」「これが最善」という感覚は欠けている、日本の空気感。日本に住み始めた2年目にはそれを「諦め」と表現したり、5年目の時には「絶望」、10年目の時には「従順」とも言っていましたが、13年が経った今日、最も相応しい言葉を見つけたのです。「ジャパニーズ・リアリズム」です。

2.

ジャパニーズ・リアリズム。この言葉は、2018年に亡くなったイギリスの哲学者のマーク・フィッシャーの著書『資本主義リアリズム』(2009)から借りたものです。彼が説明する資本主義リアリズムとは「資本主義のみが唯一の生き方である」ということを現実として受け止めて生きていくことを意味します。共産圏の崩壊によって唯一の理念として生き残った資本主義は、やがって自分が「複数の選択肢の中の一つ」であったことすら消し、我々の世界観そのものとして定着してきました。加速化する不平等、気候変化の危機、民主主義への脅威など、資本主義が生み出した問題に満ち溢れている現在を生きる我々の中の誰も、資本主義が「最高」「最善」とは思っていません。「じゃどうする?」と聞かれたら「まぁ仕方ないよね」「世の中てそんなもんだよね」と、まるで不可逆的な存在として、正に「現実そのもの」として認めて、生きていくしか。

人や動物、建物を地面に立たせる重力のように、我々の認識そのものを構成する今の資本主義。現実そのものになった資本主義に、「変化」「進化」「革命」などの言葉を恐れる理由なんて、もうありません。それまでも「売り物」にしてしまえば終わりですから。エコ・フレンドリー、マイノリティの人に優しい商品、女性社長、社会運動に寄付する企業とセレブと、その企業のCMに出るスター運動家。ビヨンセがグラミーを取るか取らないか、映画『パラサイト』がアカデミー賞をもらうかもらわないか、それから「前への一歩」を確信する私たち。そんな私たちにとっての「変化」という概念自体が、資本主義に人質にされていると、マーク・フィッシャーは言っています。

3.

「諦め」を感じるためには、まず何かに挑んでみないといけません。「絶望」を感じるには、その絶望を感じさせるための落差を経験しなければなりません。「従順」するためには、私に命令を下すその誰かの存在を見つめなければなりません。日本に住んでいる読者の皆さんに聞きますが、この中で一つでも当てはまる人、一人でも居ますでしょうか。

マーク・フィッシャーが言った資本主義リアリズムは、実は共産圏の崩壊以前に、地球上のどの国や社会よりも早く、ここ日本で根を下ろしていたかも知れません。学生運動の「失敗」、それに幻滅した人たちが作った漫画やアニメ、バブル経済の豊かさとその中の「自分」… 日本に来てから何度も聞かされてきた、古くて同じ話。「日本社会がどう夢を見なくなってきたのか」の話を私に飽きるほど説明してきた人たちは、その話を繰り返している内に、その喪失の歴史すら「クリシェ」に聞こえてきていることに、気づいているでしょうか。

「生きろ」と観客に訴えたエヴァンゲリオン以降、「生きろ」のメッセージを歌う映画・漫画・小説・歌が多すぎるあまり、そもそも「生きろ」という言葉に響いた最初の理由すら分からなくなった私は、ジャパニーズ・リアリズムを生きているのです。駅員さんと幼稚園生たちの制服、5時になると鳴る町のチャイム、天皇制、100円ショップ、紅白歌合戦、近所のお祭り、先輩と後輩、ポケモン、NHK大河ドラマー、万博公園とモノレール… 時が過ぎて昭和歌謡特集番組が平成歌謡特集に変わる日が来るとしても、本質はそのままの日本。若者たちの目線がいくらユーチューブに捕らわれるとしても、「売り物」を超えて社会の根っこまでに「変化」が届きそうではない日本で、アニメや漫画の主人公が訴える「変化」は、根本的にポケモンみたいなものだったんですよね。それを最初から理解していて、何の絶望も、矛盾も、違和感も感じない空気感。その空気感がやっと分かってきたある日、次の詩を書きました。

I love that even the banality is built on the blood

That's some cold shit

カーテンは横に、ツイッターは下に

そうやって一日を更新

「いつまでも異邦人」と言われてたMoment

でも頑張って町の色に染まったら

僕ももはや透明

町で見かける隣人の亡霊

1945? 60? 95?

2011? 2021?

彼は忘れたそう 生年月日

でも忘れたお陰でハッピー

やっと時代から自由になることに成功

10年前に出たとしてもおかしくない J-pop

それが流れる近くの生協

今朝も入る ゾンビ消費意欲

隣の婆ちゃんに合わせる気力

それを戻したくて

5秒ほど悩んだあと取った期間限定スウィーツ

レジで出すポイントカードにキス

僕の歴史になるだろう レシート

唯一変わるのは消費税率

エヴァが言った通り生きてて手に入れた500円のピース

 

If I told somebody that this is something that I chose

Why oh my, then why not something better? Only god knows

別に嫌いな訳じゃない

別に好きな訳じゃない

自分で選んだ訳じゃない

Moment Joon (モーメント・ジューン) 1991年生まれ

 

ソウル特別市出身

移民者ラッパーとして、唯一無二の目線を音楽で表現する。
2019年に[Immigration EP]を発売
2020年にアルバム「Passport & Garcon」を

HUNGER、JUSTHISの客演を迎えリリースし

ジャンルを越え大きな反響を呼ぶ。 

2021年には「Passport & Garcon」のDXをYoung Coco、蔡忠浩(bonobos)、

KIANO JONES、あっこゴリラ、鎮座Dopeness、

Gotch(ASIAN KUNG-FU GENERATIO)等の客演を迎え大きな話題を呼ぶ。

その他NIKE、iD japanによるフューチェイサーズ、Red Bull RASEN等の

様々な媒体にも出演。

執筆業では、「文藝」秋季号で4万字にわたる自伝的ロングエッセイ「三代」を執筆後、岩波書店から初の単行本となる「日本移民日記」が発売中。

多方面での活動の中で、今の日本に必要な事、今の日本に届いて欲しい言葉を

彼にしか見えない、彼にしか書けない目線で届け続けている注目の存在。

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