
Vol.15
チェロの音色が心をつなぐ優しく自由なリサイタル
元木 哲三
ライター
2025.February
落ち着いた、あたたかい音色。ヴァイオリンやギターに比べても、「木、そのものが鳴っている」と感じる。
その日、障がい福祉サービス事業所『ひまわりパーク六本松』では日本フィルハーモニー交響楽団のチェロ奏者、江原望さんによるリサイタルが開かれていた。江原さんはコンサートの合間の移動日を利用して、施設のメンバーに音楽を届けに来てくれたのだ。
「みなさんは、このチェロという楽器を見たことがありますか」
江原さんの優しい声と、親しい友人に対するような語り口に誘われるのだろうか。観客となった30人ほどのメンバーから、すぐに「知ってる!」「テレビで見たことある!」といった声が返ってくる。
1曲目は映画『となりのトトロ』の挿入歌『風の通り道』。分厚い低音、伸びる高音が体に響く。一番前で江原さんを見つめる青年が、顔の前で両手を組んで、祈るような姿で聴き入っているのが印象的だった。
「宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』というお話を知っていますか。チェロ奏者であるゴーシュは、あんまり上手じゃなくて、いつも楽長に叱られてばかりです。ある夜、家に三毛猫が訪ねてくるんですね」
軽妙なおしゃべりを、みんな頷きながら聞いている。
「生意気な猫にむしゃくしゃしたゴーシュが弾いたのが『印度の虎狩』(ルビ:とらがり)という曲でした。ちょっと演奏してみましょう」
低音がゴンゴンと勇ましく、パーカッシブな奏法がおもしろい。物語の中に出てくるだけの架空の曲だったはずだが、タイトルのイメージから後に作曲されたものなのだろう。
このあと、物語の進行に合わせて、江原さんはオリジナル曲を含む3曲を演奏。童話の名作を音楽の力によって再構築したパフォーマンスを、メンバーは時に笑い、時に真剣に耳を傾けながら、誰もがリラックスして楽しんだ。
一息ついた江原さんは。チェロがどんな楽器なのかを解説して、「ところで、チェロを弾きたい人いる?」と呼びかけた。メンバーは互いを見合うのではないか、と思ったが、意外にも間髪を入れず「はい!」「弾きたい!」と手が挙がる。
「じゃあ、あなたから、どうぞ」
江原さんはメンバーを次々と前に呼んで、チェロと弓を「はい」と、むしろ無造作に手渡す。下世話な話だが、このレベルの音楽家が使用する楽器は値が張る。「7桁で買えるのだろうか……」などという勘繰りをよそに、江原さんはサポートを最低限にして、できる限りメンバーの自由に任せているのが伝わってくる。
「おもしろい奏法だね。今度、私も取り入れてみます」
音が鳴ろうが鳴るまいが、貴重な体験をしたメンバーは一様に嬉しそうだ。隣の席で見守っていた、ひまわりパークのスタッフの方がポツリとつぶやいた。
「いま、弾いているメンバーは、なにかやろうと誘っても、ことごとく『嫌だ』って断る方なんです。でも、今日はすごく積極的で……。私、今、すごく驚いています」
『アメイジング・グレース』や『美女と野獣』といったスタンダードの演奏後、「江原さんが「今日はこれで終わります」と言うや否や、盛大なアンコール。『上を向いて歩こう』で終演となった。
楽しく、あたたかく、そして何より誰もが平等で、自由なリサイタルだった。

<2025年2月11日・障がい福祉サービス事業所『ひまわりパーク六本松』にて>
チェロ奏者 江原 望(えはら のぞむ)
日本フィルハーモニー交響楽団チェロ奏者
還暦を迎えユーチューブアカウントを立ち上げる。
日本フィルハーモニー交響楽団60歳からの音楽教室講師、
日比谷高校オーケストラ部トレーナー、城西学園弦楽部トレーナーなど
様々な指導の経験があり、初心者のレッスンには定評がある。
日本フィルハーモニー交響楽団では長く首席奏者としても演奏していた。
群馬交響楽団や大阪センチュリー交響楽団客演首席。
ピアニスト村松健CDに多数参加。
作曲活動も盛んに行い、NHK美術鑑賞全五巻(若桑みどり監修)の音楽担当。
ジャンルを問わない幅広いアーティストとのコラボレーションを行っている。
ダウン症和太鼓奏者 渡邉大地 車椅子ダンサー かんばら健太 とトリオを組み活動中。