2019年11月7日 西南学院大学コミュニティーセンターにて 講師:長津結一郎 先生
障がい者のアート活動についての勉強会
2019年6月12日
障がい者の方々の身体的なケアとサポート、アート活動の在り方について勉強することを目的に始まったこの勉強会。第2回となる今回は九州大学大学院・助教の長津結一郎さんを講師として迎えました。当日は福岡県内で福祉施設を運営する社会福祉法人や医療法人、NPO法人、企業から21名の参加者が集まりました。第一部では「なくならない境界線、そこにある芸術~障害のある人が関わる舞台芸術の事例から~」をテーマに長津先生より講話があり、第二部では約1時間にわたって参加者全員でディスカッションを実施。
障がいの有無を超えた個としての表現や芸術へと議論は発展しました
【講 師】九州大学大学院芸術工学研究院
コミュニケーションデザイン科学部門助教 長津結一郎 先生
【日 時】2019年11月7日(木)18:00~21:00
【場 所】西南学院大学
【主 催】鎌田恵務
【第一部】長津 結一郎先生によるレクチャー
「なくならない境界線、そこにある芸術~障害のある人が関わる
舞台芸術の事例から~」
講師の長津先生はアート・マネジメント、文化政策学、芸術社会学などをベースに、障がい者の表現活動に注目した研究をしています。今回の講演では、著作『舞台の上の障害者』に書かれた文章を引用しながら講義を進めました。
まずは「社会包摂」(social inclusion)という言葉に関する定義から始まります。社会包摂とは1980年代に提言された概念で、社会的に弱い立場の人を排除や孤立から援護し地域社会の一員として取り入れて支え合うこと。長津先生はこの「社会包摂」を「異なる人たちが異なったまま、一緒にいられる社会」だと解説。社会から孤立したマイノリティの人たちが枠組みから排除されるのではなく、「多様な人たちが違いを認め合う関係を築くこと」が大切だと語りました。
その後、九州大学で開催された「演劇と社会包摂」の制作実践講座についての動画を参加者と共に視聴。その動画では、言葉を使わずに仕草・動作を伝えるワークショップの模様が紹介され、障がいがある・ない関係なく一緒に寸劇をつくり、そこで生まれたユニークな動きを使ってダンスや振り付けを生み出す、という新しい表現方法が紹介されました。
長津先生は著書『舞台の上の障害者』の中で「障がいのある人の表現活動で関わり合う人々は、肩書きを超えた『個』としてのコミュニティを生成する」と論じています(p166)。実際に、自身が主催するワークショップの中では完成した作品という結果だけでなくプロセスも重要で、作品づくりを通して関係性をつくっていく中で障がいを持つ人を「個」として見ていくことができると言います。障がいをただの壁として捉えるのではなく「この人にはこういう特性があるからこんな関わりができる」という別の視点について語りました。
【第二部】アート活動のゴールをどこに据えるべきか
第二部では、長津先生への質疑応答という形で主催者・鎌田恵務さんをファシリテーターにディスカッションが始まりました。ディスカッションのテーマは第1部の「社会包摂」の概念を引き継いだうえで展開され「障がいに名前を付けることの意義や弊害」「障がい者を舞台に上げること」について意見が交わされました。
参加者から質問が挙がった「障がいに対して名前を付けるのはどうか」という疑問について、長津先生は一部の講演テーマでもあった「なくならない境界線」を用いて返答します。「障がいの有無を超えて音楽活動をしましょう、と言ったところで『超える』ことはできても『なくなる』ことはない」
また、大学で実践したワークの例も紹介。そのワークは「生きづらさをもとにしたアートプロジェクト」をお題に学生が考えた案を発表するもの。ある学生は「人見知りで人と目を合わせられないことがしんどい」という課題を抱えていたそうですが、その生きづらさを「他人と交換する」プロジェクトを考案したと言います。
自分の生きづらさを書いたゼッケンを着て二人一組で競技をし、一定時間が経ったらゼッケンを交換しゼッケンに書いてあるコミュニケーション形態を演じて、違うレッテルを体験する仕掛けです。自分とは違う生きづらさを抱える他人になりきってみると同時に、「自分にレッテル張りをしている」限界に気が付いてほしいという思いが込められた企画だと言います。
障がい者とアート活動という観点については、静岡県浜松町にある「たけし文化センター」を例に「個としての自立支援・自己充実感」について長津先生が紹介し、参加者の理解を深めました。「たけし文化センター」とは重度知的障がいを持つ「久保田壮[たけし]さん」を全面的に肯定しようというコンセプトのもと、母・久保田翠さんが代表を務めるNPO法人が開設した施設です。
ここでは「表現未満」という言葉が使われています。「表現未満」とは「自分を表す方法や、本人が大切にしていることを、取るに足らないことと一方的に判断しないで、その行為こそが文化創造の軸であるという考え方」(特定非営利活動法人クリエイティブサポートレッツ公式HPより)です。
重度知的障がいを持つたけしくんが「何かを話そうとしているけれどまだ言葉になっていない」「絵を描こうとしているけれどまだ絵になっていない」そんな状態を表現未満と言います。もし、これを「取るに足らないこと」と既存の基準にはめてしまうと、言葉の分野でも絵画の分野でも音楽の分野でも活躍する道を断つことになる。だからこそマジョリティの基準ではなく「たけし」を中心として捉えようと「たけし文化センター」という名前にしているのだと長津先生は語りました。
先生曰く、「芸術は炭鉱のカナリヤだと例えられることがある」そうです。炭鉱の現場で空気が薄くなっていくと一番に察知するのがカナリヤなように、この社会の未来をいち早く察知し「今こうしておかないと」と声を発するのがアートの役割だと言います。障がい者を取り巻くアート活動が、仮に今生きている人たちには理解されずとも「100年後の障がい者像を考えたときに意義あるもの」になれば、という結論でディスカッションは終了しました。
チカラ:ライター 古林 咲子
長津 結一郎・ながつ ゆういちろう
1985年北海道札幌市生まれ。九州大学大学院芸術工学研究院助教
【学 歴】
2008年:東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業
2013年:同大学大学院音楽研究科音楽専攻音楽文化学分野
芸術環境創造領域博士後期課程修了
2013~2015年:東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科教育研究助手
2014~2016年:慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所研究員
2016年4月より九州大学大学院芸術工学研究院コミュニケーションデザイン科学部門助教
博士(学術)
研究テーマ:芸術社会学/アートマネジメント/文化政策学
【受賞歴】
2008年アカンサス音楽賞受賞
【著 書】
『舞台の上の障害者:境界から生まれる表現』単著(九州大学出版会:2018年)
『アートプロジェクト:芸術と共創する社会』共編(水曜社:2014年)
『障がいのある人の創作活動:実践の現場から』共著(あいり出版:2016年)
『ソーシャルアートラボ:地域と社会をひらく』共著 (水曜社:2018年)
【参加施設及び参加者名】(敬称略)
・社会福祉法人 若宮福祉会 障害者支援施設
若宮園 渡明雅施設長 小林義樹
・社会福祉法人 福岡市手をつなぐ育成会 障害福祉サービス事業所 ひまわりパーク六本松
山中理恵
・社会福祉法人 共栄福祉会 障がい者支援施設 板屋学園
椎葉亮施設長 小林幸
・医療法人 清明会 障害福祉サービス事業所 PICFA(ピクファ)
廣濱邦恵 升本好昭
・特定非営利活動法人まる 工房まる
吉田修一施設長 井上千江佳 武田楽 松成浩和 神泰正 田中千晶 宮川ひずる
・社会福祉法人 葦の家福祉会 障がい福祉サービス事業所 生活介護事業 葦の家
小関正利施設長 友廣道雄センター長 是永匠吾 佐々木篤
・NPO法人 列島会 創造館クリエイティブハウス おきらく工房
中村満美
・社会福祉法人 JOY明日への息吹 障害福祉サービス事業所 JOY倶楽部
緒方克也施設長 松尾さち 田川弘宣 古米有香
・株式会社 LITALICO
鶴川俊一朗
・株式会社 チカラ
古林咲子(ライター)