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Vol.6
舞台芸術・地域芸能とコロナ禍
三島 わかな 芸術学博士
沖縄県立芸術大学附属研究所共同研究員・同音楽学部講師
​2021.February

禍はある日突然に

2019年の年の瀬のこと。中国湖北省武漢で新型コロナ感染症が発生してからというもの、またたく間に世界のあらゆる国々や地域で感染者があいついだ。現代人にとって国をまたぐ「移動」は日常的なものとなって久しい。移動を抜きにした生活を余儀なくされる日々が、こういうかたちで突然にやってくるなんて‥‥。一年数ヶ月前に、誰が想像し得ただろうか。

ここで改めて言うまでもなく、新型コロナをはじめとする「感染症」を抑え込むためには、移動はもちろんのこと「人と人との接触」を避けなければならない。平時においては当然だった人と人との接触が、いまや当然ではなくなった。そういう状況が長期的なものとなり、ことに航空業界や観光業界、飲食等の各種サービス業界が経済的な大打撃を受けている。それらの産業界だけでなく、人間の精神活動に直結する芸術にたずさわる人々の営みも例外なく、この禍によって大きな痛手を受け、苦悩に直面している。

再現芸術の醍醐味

現代生活において「再現芸術」としての演劇やオペラなどの舞台公演、音楽コンサートを楽しむためのスタイルは多様化した。それは、テレビやラジオでの中継や録画録音放送だったり、あるいはレコードやCD等の記録メディアによる再生や、さらに近年ではYoutubeやZoom等によるライブストリーミング配信やオンデマンド配信も日常的となった。だが、再現芸術を堪能する醍醐味は、何といっても臨場感あふれる生のステージにあるだろう。ライブ空間では、演技・演奏する人間とそれを鑑賞する人間とが同じ場所にいて、一定の時間を共有することが前提となる。そこで共有する空間と時間のなかで沸き起こるさまざまな出来事に人々は心を動かす。つまり、一定の場所に一定の時間、観客を「動員」(密であればあるほど臨場感が高まるのは、何とも皮肉だが)することによって初めて、再現芸術の生の醍醐味を体験することができるのだ。言い換えれば、コロナ禍の対策の対極にあるのがライブである。その一方で他の芸術ジャンル、すなわち絵画・彫刻といった「造形芸術」においては、それらの鑑賞者は必ずしも密の状態で同じ時間を共有する必要はない。

パフォーミング・アーツのいま

コロナ禍は芸術分野の世界をも直撃し、ことに再現芸術としてのパフォーミング・アーツの担い手にとってこの状況は死活問題となっている。ここでは、パフォーミング系の文化団体の現状について、沖縄県の事例の中から二例紹介したい。

事例①琉球交響楽団

まず、オーケストラ団体のなかから「特定非営利活動法人 琉球交響楽団」の現状を紹介したい。地元では通称「琉響」と呼ばれる琉球交響楽団は、県内随一のプロのオーケストラとして2001年に発足し、今年で20周年を迎えた。発足当初から、世界的指揮者である大友直人氏を指揮者兼ミュージックアドバイザーに配し、とりわけここ数年の活動実績はめざましい。コロナ禍以前からの企画として、発足20周年記念事業の一環でCDアルバム『沖縄交響歳時記』(リスペクトレコード 2020年3月)が発売され、また同年6月にはピアニストの辻井伸行氏を迎えた初の東京公演を計画していたが、コロナ禍のために叶わず、一年後に延期された。その他にも計画されていた演奏会が次々と中止や延期となった。その損害は一千万円近くにまでのぼり、運営資金をまかなうために借金もしたと言う。[1]

それでも昨年の秋以降にコロナ禍の第二波が収まったあと、琉響は再出発した。「みんなで楽しもうピクニックコンサート」(2020年11月)、「みんな集まれ!わくわくコンサート」(2020年12月)、「大人のためのティータイムコンサート」(2020年12月)、「酒蔵で酔うクラシック」(2020年12月)などのコンサートを県内各地で開催した。

なかでも「みんなで楽しもうピクニックコンサート」は、コロナ禍ならではの企画である。この公演では、会場として南城市文化センター・シュガーホールの施設内のホールを使用せず、あえて施設外の野外にある「つきしろ広場」を会場とした。来場者に対しては、各自でブルーシートの持参や熱中症対策のための水分補給を呼びかけている。同様にその他の公演でも、これまでにはなかった様々な制約があるものの、会場内での密を避ける工夫をはかりつつ、新たなかたちでのコンサートが繰り広げられている。

同事務局を務める高江洲貴美恵氏は、「新型コロナによる琉響の活動停止で、立ち止まって〈これから〉を考える時間を得た。動いて仕事をとりたいタイプなんで、そろそろ‥‥」[2]と次へ動き出している。

事例②沖縄オペラアカデミー

つぎに、「一般社団法人 沖縄オペラアカデミー」の現状を紹介したい。同代表理事でソプラノ歌手の黒島舞季子氏によれば、「2020年にはイタリアから歌手を招いたオペラ公演を計画していたが、コロナ禍のために延期となった。しかし、うつむいてばかりもいられない。リスクを少なくして、でも芸術性やストーリー性は失わないように。演出家や主催者の力量や意識が問われる時代になりますね」[3]と言う。

その言葉から数ヶ月後のこと、黒島氏はみずからの言葉を実行に移した。2020年11月、オペラと朗読のコラボレーションによる『蝶々夫人』の公演を実現させている[4]。その上演スタイルは、原作本来のオーケストラという大掛かりな人手によらずに、出演者を極力抑えたモノオペラ形式となっている。そして台本では、蝶々さんの世話係として仕えたスズキの回想録として物語を進行させるスタイルへ大幅な変更がはかられている。

コロナ禍であっても発信しつづけるためにはどうしたら良いのか‥‥を模索するなかで創造された新しいオペラ様式である。そこでは、また新たな舞台作品として『蝶々夫人』の魅力が引き出されている。

地域の芸能のいま

「芸能」という語は、通常「パフォーミング・アーツ “Performing arts”」 と英訳される。けれども、日本そして沖縄をはじめ古来の歴史的文脈における「芸能」には、神との交信の手段としての機能があった。したがって単に、演劇や舞踊などの「身体によって表現される舞台芸術」を意味するところの「パフォーミング・アーツ」ではカバーできない含意が「芸能」という言葉にはある。

コロナ禍の状況にあっては、地域の芸能が執り行われる場においても、むろん「人と人との接触」は回避されねばならない。したがって昨年以来、芸能が奉納される場となる伝統行事の開催自体が見送られてきた地域も少なくない。地域の芸能を支える人々の現状について、ここでも沖縄県の事例を紹介したい。

沖縄の民俗芸能のひとつであるエイサーは、今日では沖縄県外でも知名度が高く、様々な場そして様々なスタイルで演舞されている。本来は旧盆の晩に先祖をお迎えするものとして、沖縄本島の各地で字[5]ごとに行われてきた。そのようなエイサーも昨年はコロナ禍の煽りを受けて、練習に取りかかれない状況に見舞われた地域も少なくない。その一地域として、沖縄本島の南部に位置する八重瀬町志多伯(ヤエセチョウ・シタハク)でも、昨年は年中行事がすべて中止となった。そのため、本来ならば地域の青年会や地域の芸能の保存会に初めて加わる若い人たちがお披露目するはずの貴重な初舞台の機会も奪われてしまった。地域の若い人たちがスタートラインにすら立てないこの状況は、これからの将来も長く続いていくであろう八重瀬町志多伯の芸能にとって大きな損傷とならないだろうか‥‥と、地域の人々はとても不安な気持ちを抱えていたと言う[6]

それを受けて昨年4月、字の総会が開かれ、本来は特定の年[7]の8月15日にしか出すことのできない獅子加那志(しーしがなし)という神獅子を出すことが検討された。本来昨年は、獅子加那志を出す年回りではなかった。そのため、例外的に獅子加那志を出すことについて字の評議員に諮り、また古老にも相談した。そして、そこで確認されたことは、われわれの獅子が演舞する目的は悪疫退散であるということ。獅子を舞うことを生み出した先人たちは、やはり最悪の状態を迎えてそこに行き着いたのか、もしくは悪疫が蔓延し始めた頃に獅子を舞わすことで皆が心をひとつにしたり、共同体が繋がる手段としてこの芸能を生み出したのではないか‥‥など、評議会の場では色々な意見が飛び交った。やはり、例外的なことを行うと社会的に批判を浴びるのではないかという不安の声もあった。そういう様々な議論を経た結果、コロナ禍を早く終息させたいという地域の人々の思いの結晶として、獅子加那志の演舞が決まったと言う。[8]

これだけ科学が進歩した現代社会にあってもなお、地域の人びとは「芸能」を通じて、その思いや願いを神と交信しようとしているのだ。そのことに筆者は驚きを覚えつつも、形骸化しない芸能本来のあり方を見た思いがしてならない。

ポスト・コロナへ向かって

このように新型コロナ感染症の世界的蔓延によって、あらゆる局面で世界の人びとの行動様式は変化を余儀なくされた。けれども、そういう行動変容は決して悲観的なことばかりをもたらしたわけでもないようだ。なぜなら、この間に激減した航空機の往来や生産活動の停止にともなって二酸化窒素の排出量も激減し、地球環境面での改善もみられると言う。

そして何よりも私たちは、これまでの生活において「当たり前だったことが当たり前ではなかった」という事実にも改めて気づかされた。そんな今だからこそ、私たちがポスト・コロナの時代を迎えるにおいて、もはや以前とまったく同じ価値観に後戻りすることはないだろう。本稿で紹介したパフォーミング・アーツや地域の芸能の事例でみてきたように、コロナ禍ゆえに新しいコンサート様式が出現し、そして新しいオペラ様式も誕生した。これらの新しい様式は、決して一過性のものとはならないだろう。さらには、これだけ科学やテクノロジーが普及発達した時代にあっても、古くから継承されてきたその土地の芸能が地域の人びとの心の安寧をもたらしていることにも改めて気づかされた。それは人間にそなわる根源的な行為なのかもしれない。

われわれ人類が、これまで当たり前に信じてきた何を見つめ直し、そして、今まで以上に何を大切に感じて生きていくのか‥‥。そういう思いと向き合いながら、これからの日々を過ごしていきたいものである。

【註】
[1]「ふたたび響かせる西洋音楽の調べ」『モモト』43号 東洋企画 2020年9月号:26

[2]「ふたたび響かせる西洋音楽の調べ」『モモト』43号 東洋企画 2020年9月号:27

[3]「ふたたび響かせる西洋音楽の調べ」『モモト』43号 東洋企画 2020年9月号:29

[4] 2020年11月28日、於パレット市民劇場(那覇市)http://ooa.or.jp/concert.html

[5] 字(あざ)とは、市町村内を小区分した地名表示のこと。ひとつの集落をさす。

[6] 『一般社団法人東洋音楽学会沖縄支部通信』

    オンライン座談会「コロナ禍における沖縄の年中行事と民俗芸能」2020年7月31日:2

[7] 獅子加那志は、33年間に6回の節目にしか行われない豊年祭で踊られると言う。

[8]「コロナ禍における沖縄の年中行事と民俗芸能」2020年7月31日:3

 みしま  わかな

 1970年生、那覇市出身、芸術学博士

 専門は音楽学(洋楽受容史、近代沖縄音楽史)

 沖縄県立芸術大学附属研究所共同研究員・同音楽学部講師

【著作】

 『沖縄芸能のダイナミズム~創造・表象・越境』七月社 2020

 『文化としての日本のうた』東洋館出版社 2016

 『近代沖縄の洋楽受容~伝統・創作・アイデンティティ』森話社 2014

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